胡散臭い「自然派ワイン」にご用心ーー「欠陥酒」を有難がる日本人
選択編集部
日本は世界で最もワインの知識と理解力が高い消費国の一つと見られている。
データから見れば不思議はない。
ブルゴーニュもシャンパーニュも世界で3番目の輸出市場であり続けている。
ソムリエの数は航空会社の乗務員が多いとはいえ4万人を超して
世界で最も多い。中国がかつての勢いを失う中で、
世界中の有名生産者が続々と来日している。
ワイン先進国であるはずのその日本で今、最も人気を集めているのが
“自然派ワイン”である。コロナ禍で抜け殻になったテナントに、
ワインバーが出店しているのを見ると、その多くは自然派ワイン
(ナチュラルワイン)の品揃えを売りにしている。オンラインのワインショップにも、
ナチュラルワインの謳い文句が氾濫している。
「ナチュラルワイン」とつければ客を引き付けられるようだ。
ナチュラルワインのルーツは1970年代後半から80年代にかけて
ボジョレーに広がったマルセル・ラピエール、
ジャン・フォワイヤール、ギィ・ブルトン、ジャン・ポール・テヴネら
ギャング・オブ・フォー(反逆者4人組)と 呼ばれた造り手の
思想的なアプローチにさかのぼる。
4人は栽培醸造に科学技術や薬剤が入り込む前のワイン造りに回帰した。
『ワイン・アドヴォケイト』誌の評論家ロバート・パーカーや
『ニューヨーク・タイムズ』のワイン担当記者エリック・アシモフらが紹介して、
90年代に米国に上陸した。
21世紀には世界中に広がり、ワイン新興国の日本でもこの10年は
人気のジャンルとして
盛り上がっている。 愛好家を誤解させる悪辣
ナチュラルワインの明確な定義はない。
ほとんどのワインにはラベルが貼られていない。公的な認証も存在しない。
複数の著書でナチュラルワインを米国に広めた
作家アリス・フェイリングの言葉を借りると、
「ナチュラルワイン」とは「有機栽培で、何も加えず、何も取り除かずに
造られたワイン」を意味する。
歴史を踏まえてわかりやすく言うと、ワイン生産が産業化する前の
昔ながらの手法によって造られたワインである。
農作業の効率化を目指す農薬や殺虫剤、除草剤などを使わずに
ブドウを栽培する。オーガニックやバイオダイナミックがそれだ。
野生酵母で発酵させて、果汁の清澄やろ過をせず、
殺菌や酸化防止の効果がある
亜硫酸塩を醸造過程で加えない。人の介在を減らす
こうした醸造手法を「ロー・インターベンション」と呼ぶ。
ヴェジタリアン、ビーガン、サステナブルなど、自然と体に優しい
ライフスタイルのブームとともに、
日本でもナチュラルワインが広がっている。
しかし、市場に出ているナチュラルワインがその言葉から浮かぶイメージ通りに、
純粋でクリーンなわけではない。
酸化や還元の強すぎるワインに出合うことが少なくない。
揮発酸はごくわずかなら複雑性につながるが、多すぎるワインは
醸造の欠陥である。
だだ茶豆を連想させるネズミ臭(マメ臭)の強い欠陥ワイン 又は
うま小屋の香りにも 出合うことが増えた。
これらの欠陥の多くは醸造過程で亜硫酸塩を使わない
近年の醸造スタイルに起因している。
亜硫酸塩を少量でも添加すれば防げる。野生酵母も必須ではない。
誤解している愛好家が多いが、
安定感を得るため畑から採取した酵母を培養する造り手は多い。
問題はそうした欠陥ワインが「正しいワイン」であると喧伝するソムリエや
セールスマンが少なからず
存在することだ。クラシックワインに比べて価格の手頃な
ナチュラルワインの純粋な果実味や
透明感のある風味が、
初心者がワインの魅力を発見するきっかけとなったのならいいが、
欠陥ワインが正しいワインだと思い込むと後戻りするのは大変だ。
間違ったフォームを身に付けたスポーツ選手が
矯正に時間がかかるのと同じように。
日本でナチュラルワインの人気が高いことはフランスの生産者たちも知っている。
そこにつけ入る生産者もいるという嫌な話を、
クリーン・ナチュラルワインを輸入するインポーターから聞く。
日本では濁っているワインの方が人気が出ると言って、
わざと濁りの強いワインを造ったり、
醸造的に失敗したワインを回すというのだ。
日本人のナチュラルワイン好きを逆手に取って、日本で品切れになっている
ドメーヌのワインを相場より 何倍も高い価格で日本の顧客に
売りつけるパリのワインショップも存在する。
日本人はなめられているのだ。
フランスがナチュラルワイン大国であるというのは
日本のナチュラルワイン・ファンの幻想だ。
ワインを飲んできた歴史の長いフランス人はキャッチコピーに踊らされない。
「ナチュラルワイン」と呼ばれるのを嫌う造り手も多い。
そういう造り手には「ナチュラルなワインメイキングをしている」と
言い換えないと、機嫌を損ねてしまう。
偉大なマダムの直言
ナチュラルワインの枠組みに従えば、
最も偉大なナチュラルワインはブルゴーニュの
ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)やドメーヌ・ルロワであり、
ボルドーならシャトー・ポンテ・カネやシャトー・パルメである。
DRCは2020年から醸造中に亜硫酸塩をほぼ添加せず、
総亜硫酸量はリットルあたり30㎎を目標としている。その変化は透明感のある
純粋な香りに表れている。 亜硫酸塩を添加しないですむのは、
ビオディナミの栽培はもちろん、ブドウの選果、醸造所の清潔さ、
正確な醸造手法などを厳密に実践しているからだ。
亜硫酸塩を添加しない造り手の醸造所は
落としたパンを拾って食べても大丈夫なほど清潔だ。
ブルゴーニュの頂点に立つドメーヌ・ルロワの
ラルー・ビーズ・ルロワは23年、『フィガロ』の取材で
「ワインを造るのは私たちではありません。すべての生き物と同じように、
ワインは自分が健康であるために必要なものを
すべて自分の中に持っています」と語った。
それを受けて、『フィガロ』は「それはナチュラルワインのヴィニュロン
(栽培醸造家)が言いそうなことですが、
あなたはナチュラルワインを造っているのですか?」と訊いた。
彼女は「自然派ワインはでたらめです。ワインを自然に造らせたら、
いいワインにはならない。
ワインには手入れが必要です」と答えて議論を巻き起こした。
放置していいワインができるわけではない。酢になるだけだ。
ワインが自然の力を引き出すのを 産婆のように助けるのが大切と、
彼女は言いはなった。
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